小さくて確かな幸せ

今日で10月最終日、そしてハロウィン。
日本では、このイベントが浸透しているかどうかは疑問???よく分からないけれど、この時期は至るところでカボチャのディスプレーがお目見えしてますね。
ちなみに、“カボチャの語源はカンボジア”というのを日曜日に読んだ本2冊の中に続けて遭遇しました。(カンボジアは原産国ではなくて単に語尾が変化してカボチャになったとのこと)
しかし、私にとってカボチャがキーワードなのかも!?
今朝も大泉教室に向かう電車の中で前に立っていた女子の髪飾りがカボチャだった。それを見て何故か幸せな気持ちになれたし~。

今日のレッスンで「幸せ」について話したからか、帰りの電車の中で読んでいた本には以下のような内容が書いてあったので抜粋;

分不相応ということは大切だけれども今や死後に近い。「新しい未だ知らない私」を求めて、貧欲にガンガンキャリアアップしていくことがむしろ今の美徳なのであって、自分はこれだけのもの、と線を引いてしまう分相応、という言い方は、反動的な印象させ与えてしまうようだ。しかし、分相応を学ばないと、いつまでたってもささやかな幸せはない。駆り立てられて生きることは、ほんとうはとてもつらい。小さくて確かな幸せ、(村上春樹さんは文字通り「小確幸」といわれる)は分相応なところにしか、ないような気がする。 < きものとからだ より>

今日のレッスンの最後リラクゼーション時、シャバアーサナをしている皆さんの気持ちよさそうな幸せな笑みを浮かべている顔々を拝見し、うっとりと私自身が癒され本当に幸せな気持ちになれました。気持ち良過ぎて時間をオーバーしてしまいましたが........。参加してくれた皆様に感謝です☆
自分1人でヨーガもやっていますが、1人の時に味わう感じと全く違うものなので、皆で一緒にやるとエネルギーが何倍にも膨れ上がるような相乗効果◎




台所の窓辺に飾っていたプッチーニカボチャを使って、カボチャとモロヘイヤとクスクスのスープが今宵の夕飯。 寒い時に暖かいものを口に入れられること、これも小さくて確かな幸せ。